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【医学部新設に対する資料】

【論考】
医学部新設なら「県立」で

2014年2月15日
東北地方医療・福祉総合研究所理事長 村口 至
(元坂総合病院院長)

1. 医学部新設のうごき

東北地区の医師不足は、構造的な問題としてこれまで放置されてきた。
大学の“名義貸し”で告発された病院が多かったのも北海道とともに東北地区であったのも記憶に新しい。
医大新設の動きは、東日本大震災後のことである。
現在、仙台市内の2私大と病院が名乗り出ている。
この論考は、医大新設するなら「県立」で 及び、1979年以来、医大新設をストップしていることによって、 近未来に医師不足が厳しくなる状況を予測し、提案を試みた。
医大新設に関しては、行政サイドの東北市長会(75市)が、2012年に決議をあげている。
その後、宮城県知事が、知事選挙前に記者会見で言及し、再選後、上京し安倍総理に直談判して以降、鶴の一声で、現実化の動きとなった。
この間、地元県医師会や東北大学は「将来的に医師過剰」「新設大学に地域の医師を引き抜かれる」との理由で反対の態度を強く打ち出した。

【反対論の論拠】

反対団体として、最も詳しく論じている「全国医学部長病院長会議」の声明(平成25.9.26、同25.11.28)を検討してみた。
以下⇒を反論とする。

(1)
病院勤務医の引き抜きで、地域医療の崩壊を招く。日医、宮城県医師会も指摘している。
医大の職員数を、一般病院の1.5倍1必要とする国家基準からすると、周辺地域への影響は大である。
しかし、既存の病院を附属病院と構想することで、抜本的に緩和されるはずである。
過去に、1県1医大が全国的に推進された時は、この問題は表出しなかった。
また、現存の医大(医学部)側にとって、 職場が増えることであり、反対する理由は本質的にないと思われる。
(2)
医学部の定数増が既に行われている:
最近6年間で全国1,416名(定員の1.19倍)、 被災3県3大学で135名(+52%)となっており、その数は医大1.5校分に相当する。
医学生が増えた分が、そのままその地域に将来就職する保証はない。
しかし、医大があるところに、他県出身者がとどまる傾向が高くなっていることを考えると、 医師不足県や地域に医大を建てることが、直接的に問題解決に繋がってゆく。
被災地域にとどめるには、卒後研修施設の拡充も必要である。
(3)
2017年には、厚労省求人医師数に達する。岩手でも2020年には達成する。
厚労省は、病院医師の勤務の過酷さが表面化したことにたいして、全国の病院に「求人医師数調査」を緊急実施した(2010年9月)。
ここでは、現在の、自院に限った必要医師数であり、それも、現実の獲得の厳しさを反映した“極めて控えめ”な数字の調査である。
つまり、医師の労働条件の基準や、女性医師待遇などの望ましい「厚労省基準」を示しての調査ではない。
それをもとに、2020年には、岩手県でも達成するとしても、以下の問題がある。
岩手県の予測数とは、奨学金貸与枠学生数の予測であり、予定通り行くとは限らない。
貸与奨学生の義務年限は最大6年間であり、将来同県内の定着はさらに減ることが算定に入っていない。
(福島県は最大9年間)
自治体財政の苦しい中で年間約6億円に及ぶ支援が中長期的に可能かは不確定。
現時点の病院医療を前提としての必要数であり、将来の変化は考慮されていない。
(4)
必要以上の養成増は質の低下を招く。
学生定員増に並行して留年者が増えており、国民の期待に応えられない学生の定員増とともに、 留年者が漸増し平成24年は3.9%となっている。
この事実は、まさに医学教育、研修病院の環境、教育条件の悪化を医学部定員増が拍車をかけている状況を告白している。
欧米より少ない教官、職員や定員増で狭隘になった教育環境の改善こそ緊喫の課題であろう。
中長期的視点に立ち、従来からの根本的問題の解決への方策を立てるべきであろう。
(5)
2025年には、OECD平均に達する。
現時点でのOECDの人口1000人当たりの平均値は3.1人(日本は2.1人)からにしもても、 10万人当たりでは100人少ない現状にあり、我国で最も多い東京ですら、平均に及んでいない現状にある(2.77人)。
各国も、高齢化率の高まり、医学の専門細分化などで、医師数が増えこそすれ、減りはしないだろう。
よって、現在の平均値を目標にしていたのでは、我国は、未来永劫に「医師不足国」に止まってしまう。
それでよいのだろうか。

以上のように〈新設反対派〉の論拠は、根拠のない「医師過剰論」にとりつかれ、我国民が、全国地域差なく医療を受けられるために 如何にすべきかという視点に立ったものでなく、「OECD諸国の平均で我慢せよ」というもので、 国民に顔向けできない”後ろ向き”の論拠であることがわかります。
猶、下村文部科学大臣が「東北地方における医学部設置認可に関する基本方針」を示した平成25年11月29日の直後の12月2日に、 同会議は以下の点に念を押している。
上記以外には、(a)卒業生が東北地方に残る方策 (b)将来に医師需給を調整する仕組みを講ずる事を追加した。

【推進派の意見はどうか】

(1)
東北市長会奥山恵美子仙台市長「震災復興のために、さらに東北地方の地域医療の課題として、医師の数、質ともに将来にわたって確保するために」 (東北市長会決議2012.5.17)
(2)
村井宮城県知事「被災地の人材育成のために」(2013.10.4)

ここで共通するのは、「震災復興のため」ということです。
つまり、被災地は人口も減っており、人口対医師数が必ずしも大きく割れたということではなく(厳密なデータは出されていない)、 被災地の普及、復興に当たり人命に関わる保健・医療の体制を先行して重視することを強調している。
同時に、市長会は、「元来東北地方の地域医療課題としての医師体制の遅れ対策」として、 被災地の復興に止まらない、本来的課題の解決策として医大の新設を求めている。
以上のことから、

【抜本対策として】

(1)
医育環境(医学部、研修病院等)の抜本的改善を
  • 教官、職員数の抜本的増強、教育施設の改善等:欧米に比して教員・職 員数は1/2~1/3といわれる体制の早急な改善策を作ること
  • 地域研修病院の拡充を図ること(特に東北地方)
(2)
病院医師定数の見直しで増員を可能とする診療報酬体系
(3)
女医の働く環境の改善:今後女医は30%以上を占めることが推定される。
その70%が正規常勤であることを将来の医師数予測に算定した、医師養成計画に見直すべき。
(4)
偏在対策(地域、診療科、基礎医学)
  • 英国やイタリアの地域家庭医制度などの導入の検討を。
  • 過酷な医師労働の専門科の医師定員の増を可能とする診療報酬体系の検討。

【被災地・東北地区の対策】

(1)
新設医大は、被災地の中心部に設置すること(例 石巻、南三陸)
(2)
医大の教育、講座に、被災医療学、東北地方歴史・文化学など将来被災地や東北の過疎地区などで働く意欲を育てる教育・研究講座を置くこと。
(3)
新設医大は、被災地に分院、診療所を設け研究・教育のフィールドとすること。
(4)
医大には、看護師、保健師などのコースも併設すること。
(5)
被災地区の研修病院を整備拡充し、研修医の受け入れを図ること。
(6)
東北地区全体の過疎地医療を支える仕組みを作ること。

2. 医師不足の状況・・被災地、東北地方、埼玉県、茨木、千葉県

(1)被災地の地域医療の崩壊

被災地の復興過程の地域医療の特徴は、住民の居住地が、定まらないことによって計画を立てられにくい。
しかし、同時に、居住者は、地域の医療。福祉施設など生活環境の整備状況や将来構想などを見つつ居住地を定めるに違いない。
よって被災地にまず必要なのは、公的な医療機関建設計画をいち早く出すことが求められる。

(2)元来過疎医療圏の被災地沿岸部-病院の医師不足状況

「現員医師数に対する必要医師数調査 平成22年6月1日 厚労省」による
東北地区の病院医師不足深刻度の順位(2次医療圏別 全国平均1.14 ☆は津波被災地区)

順位

医療圏

医師不足深刻度

1位 山形県最上地区 2.04
2位 青森県下北地区 2.01
3位 岩手県釜石地区 1.63☆
4位 青森県西北五地区 1.61
5位 岩手県両磐地区 1.60
6位 宮城県栗原地区 1.55
7位 岩手県久慈地区 1.52☆
8位 岩手県気仙地区 1.47☆
岩手県胆江地区 1.47
10位 青森県上十三地区 1.44

その他の津波被災地区☆では、「岩手県宮古地区1.29」、「宮城県石巻地区1.19」、「宮城県気仙沼地区1.29」、「福島県相双地区1.32」、「福島県いわき地区1.27」となり、病院勤務医不足の深刻度からすれば、津波被災地区以外の地区の問題が大きい。
(宮城県は、医療圏を広域にとっているために、深刻度が表れにくい。 仙台地区は1.09と全国平均を下回っている)
県単位でみると 1位岩手県1.40 2位青森県1.32 3位山梨県1.29 4位島根県1.28 5位大分県1.26 6位山形県1.24 6位岐阜県1.24 6位高知県 9位福島県1.23 13位秋田県1.20(宮城県1.15)以上のように全国の病院勤務医充足度の深刻な10位以内に東北の4県が入っています。
一方で、全国の他県の状況の深刻さも示されている。

その他の津波被災地区☆

医療圏

医師不足深刻度

岩手県宮古地区 1.29☆
宮城県石巻地区 1.19☆
宮城県気仙沼地区 1.29☆
福島県相双地区 1.32☆
福島県いわき地区 1.27☆
県単位

順位

医療圏

医師不足深刻度

1位 岩手県 1.40
2位 青森県 1.32
3位 山梨県 1.29
4位 島根県 1.28
5位 大分県 1.26
6位 山形県 1.24
岐阜県
高知県
9位 福島県 1.23
13位 秋田県 1.20
  宮城県 1.15

(3)人口10万人当たりの医療施設に従事する各県医師数の状況(2008年全国平均212.9)

最も少ない順

順位

医療圏

医師不足深刻度

1位 埼玉県 139.9
2位 茨城県 153.7
3位 千葉県 161.0
4位 青森県 174.4
新潟県
6位 静岡県 176.4
7位 岐阜県 177.8
8位 岩手県 178.3
9位 神奈川県 181.3
10位 三重県 182.5

以上のように、東北は2県しか10位以内に入らない。
ここには、人口急増県の深刻さとともに、人口減少県(青森、岩手、新潟)でも医師数の減少が進行していることをうかがわせる。
以上の状況は、医大の新設が、1医大で済ませてよいのかということを我々に突き付けている。

3. 医学部新設なら「県立」での根拠

宮城県を挟んで北の岩手県には私立の岩手医科大学があり、南には福島県立医科大学がある。
宮城県には国立の大学医学部がある。その3者について比較を試みた。

(1)卒業後(21年~26年経過)の就業先の比較では

開業(平均)比率は、岩手医大49%(38~64%)>福島県医28.5%(21~38%)>東北大18%(16~24%)であり、都市部での個人開業としての定着が推定される。
地元県内への定着は、福島県医大>東北大医学部>岩手医大
卒後の各大学の特徴
東北大医学部:
県内と東北圏の研修病院に行き4,5年目から自大学に戻る傾向。その後は、宮城県内と東北圏に定着する。
岩手医大:
卒後3年まで岩手県内と東北圏の研修病院へ行き、4年目から自大学へ戻る傾向あり。
東北圏の病院や大学に入るのは15%ほどおり、将来その地区に定着する傾向にある。
卒後、東北以外の圏域に出るのは(・・%)おり、そのうちでは他圏域の大学に入る医師が多い特徴がある。
その将来は、その他圏域に定着していると思われる。
福島県医大:
卒後5割の医師は県内の病院か大学での研修に入る。
初期研修後の自大学へ戻る傾向は強くない。
東北圏の病院、大学への参加は、岩手医大、東北大に比して少ない。
大学に残った人々は、将来的には、福島県内で勤務医や開業医として定着している(・・%)。
卒後、東北以外の圏域に出るのは(30%)おり、他圏域の大学に入る医師が多い特徴がある。
その将来は、その他圏域に定着していると思われる。
この点は、岩手医大と類似した傾向にある。
入学生の出身地と卒後の自県定着の関係
「地域枠」

(2)学費の比較

6年間の必要最低の学費(大学への収納分、一括ではない)
岩手医大3,400万円>福島県医大(非自県民)406.08万円>福島県医大(自県民)355.7万円>東北大医学部349.68万円
学費比較

 

岩手医科大学

福島県立医大
(福島県民)

福島県立医大
(県民以外)

東北大学
医学部

入学金
(入学年)
21,750,000 817,800 1,381,800 282,000
年学費 1,895,000 446,500 446,500 535,800
6年間総額費 31,225,000 3,557,000 4,060,800 3,496,000

*但し 岩手医科大学の入学金には、初年度の授業料等も含まれている。

(3)奨学金制度など

最も手厚いのは、福島県。次いで岩手県 。

【岩手県】年間約6億円(期限なし)
(a)
〈県地域枠〉
岩手医大入学者対象:県立病院に最低9年間勤務条件、6年間で3,050万円
(b)
〈県医療局〉
岩手医大新入生13人以内と一般募集枠12人以内。月30万円*6年間
義務:2年間の初期研修後貸与期間と同期間を県立病院勤務。
(c)
〈市町村国保医師養成事業〉
月20万円、私大の場合入学一時金760万円
【宮城県】33.96億円(平成31年まで年間平均4.2億円)

義務条件:卒業後貸与期間の2倍の期間内に、貸与期間を県指定病院に勤務すること。

〈地域医療再生基金〉

(a)
東北大学医学部定員5名増に対して(h24~31年)2億円:各学年5人に、月10万円、3学年から6学年間 2,400*8
(b)
県事業(被災地医師確保事業)h24~31年まで、全国医学生対象、各学年10人に月額20万円、1~6年間。14,400*8

〈第2次復興計画、地域医療再生基金〉

(a)
東北大学医学部定員10名増に対して(h25~31年):各学年10人に、月10万円、3学年から6学年間4800*7
(b)
県事業(被災地医師確保事業)h25~31年まで、全国医学生対象、各学年20人に月額20万円、1~6年間。28,800*7
【福島県】33.96億円(平成31年まで年間平均4.2億円)

義務条件:卒業後、貸与期間の1.5倍の期間を福島県立病院に勤務すること。

〈推薦枠15人は奨学資金貸与〉

(a)
(月15万円)を将来県内公的医療機関に就業(貸与の3/2期間)義務

〈推薦枠40人〉

(a)
東北大学医学部定員10名増に対して(h25~31年):各学年10人に、月10万円、3学年から6学年間4800*7
(b)
うち21人は卒後2年、12人(県民)及び7人(県外)を(a)制度対象とする。 よって卒業生のうち、55名が県内公立病院に就職する、うち15名は最低2年間。
よって奨学金総額は、1人年間180万円*34=6,120万円 /年
福島県は県立病院の医師確保にきめ細かい施策をしている。

〈その他〉

(a)
自県に定着する条件。

(4)卒後研修病院の整備,充実の必要性

臨床研修病院として研修病院マッチング協議会に登録されている東北地区の病院数を以下に示す。

【平成25年度マッチング参加病院数】

登録研修病院

うち公立
(国、自治体)

うち県立

全県立病院

青森県 11 8 1 2
岩手県 11 9 9 22
秋田県 13 4 0 2
山形県 9 7 3 5
宮城県 18 6 0 4
福島県 16 5 0 9
大学 6 5 1 1

(5)各県の大学運営助成金(交付金)

岩手医大:
〈地方公共団体補助金〉996百万円(平成22)⇒1176百万円(平成23)⇒1,716百万円(平成24)(県予算の0.2%)
福島県医大:
〈運営費交付金〉7,590百万円(県予算の0.6%)。
平成18年の独立行政法人化以前の3年間は、80~100億円であったが、以後は、70億円台である。
東北大医学部:
寄附講座以外に基本的になし。

4. 「将来医師過剰」論の根拠と「予測不可能な未来」

(1)「新設医大」反対論の論拠検討

将来的に医師過剰・・・過去の将来医師需給予想は全て失敗している。
なぜか、常に、「医療費削減」の政治意図からの検討であるため
医師過剰は迫っている論-2025年にOECD平均に到達する“平均”で満足できるのか
教員の引き抜きで地域医療は困窮する論。
「1県1医大」の時はなぜか、そのような危惧はどこからも出なかった
医師は過剰でなく「偏在」(地域、専門科)論
自由開業医制
ここには“貧困”な医学教育の現状や病院勤務医はじめ、日本の医師の労働条件の劣悪さを、解決する思考と思想が欠落している。
資料

東北地方の75市でつくる東北市長会(会長=奥山恵美子仙台市長)は5日、大学医学部新設についての要望書を文部科学省に提出した。
要望書は、5月17日に仙台市内で開かれた東北市長会総会で採択された「大学医学部の新設をはじめとした東北地方の地域医療充実に向けた取り組みの推進に関する決議」を受けたもの。
要望書では、東北地方の医師不足は切迫しており、東日本大震災からの復興に取り組む中で、早急に地域医療体制を確保する必要があるとしている。
さらに、東北地方が抱える課題を踏まえれば、地域で求められる医師を数、質共に将来にわたって確保していくためには、医学部を新設し、中長期的な医師の確保への取り組みが必要としている。
要望書は、奥山仙台市長らが文科省を訪れ、城井崇政務官に提出した。
奥山市長は、医学部の定員増の対応に感謝していると述べる一方で、宮城県には医学部は東北大の1校のみと指摘。
地域医療を担う医師を養成する「自治医科大のような形のものがあってもよいのではないか」と述べ、医学部の創設を求めた。
城井政務官は、震災後の東北地方における医療の厳しい状況や医科大の負担増について理解を示しつつ、「今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会」での議論や、第一線に立つまで10年必要といわれる医師を育成する間、どう乗り切るのかなどを考慮しながら、今回の医学部新設の要望についても、どう応えていくのか考えたいとした。
【大戸豊】医療介護CBニュース 2012年6月5日(火)

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