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【論文】
東日本大震災の災害死・災害関連死について

2016.2.22 
水戸部秀利(東北地方医療・福祉総合研究所理事、若林クリニック所長)

(1)問題意識

東日本大震災は、18000 人余りの死者・不明者と、その後の震災関連死 3331(2015年3月31日現在)の犠牲を強いた。
特に、震災関連死は、防ぎえた死とも言われる。
震災という非日常的な負荷が地域社会に襲いかかったとき、その社会の矛盾や弱点か反映される。
被害の甚大であった岩手、宮城、福島の震災直接及び関連死のいくつかの報告 から、何らかの教訓や課題を引てき出せないかを検討する。

(2)使用した報告資料

対象は被害の甚大であった岩手、宮城、福島とする。

震災関連死については、(岩手+宮城)と(福島)を対比する形での有識者による分析・ 評価は復興庁から提出されており(別紙参照)、そこから一部引用する。

(3)震災による直接死の全体像

【表1】死因

 

溺死 焼死 圧死・損傷死 不詳 人口(2010年)
岩手 4,197 60 230 184 4,671 1,330,530
宮城 8,691 81 273 465 9,510 2,347,975
福島 1,420 4 164 17 1,605 2,028,752
【表2】年齢構成

 

0〜9歳 10〜19歳 20〜29歳 30〜39歳 40〜49歳 50〜59歳 60〜69歳 70〜79歳 80歳〜 不詳
岩手 84 82 134 242 345 604 892 1,158 1,017 113
宮城 335 284 332 528 670 1,084 1,757 2,196 1,986 338
福島 47 53 49 77 101 195 296 405 378 4

(4)災害関連死について

災害関連死については、統一された基準はなく、各自治体の判断と被災者家族の問題意識に左右される部分があり、数字については、あくまで目安であることを前提とした分析となる。
以下、被災3県の2015年3月31日までの人口、死者・行方不明者と災害関連死を比較したものである。

【表3】3県の震災関連死
被災3県の震災による死者・行方不明者と災害関連死(2015年3月31日)

 

岩手 宮城 福島
人口(2010年) 1,330,530 2,347,975 2,028,752
死者・行方不明者 5,802 10,788 1,814
震災関連死 452 910 1,914
A)
以下、復興庁から提出された「東日本大震災における震災関連死に関する報告:
2012年3月31日までの把握された全国の災害関連死1,632人についての分析」を引用しながら考察を加える。
それによれば、福島(761人)>宮城(636人)>岩手(193人)他県(42人)と福島に最も多い。
死亡時年齢では、66歳以上の高齢者が約9割にのぼり、圧倒的に高齢者であった。特に、福島は後期高齢者の比率が大きい。
これは長期の避難行動とそのストレスが、高齢であればあるほど重くのしかかることを表していると推定された。
そのうち、関連死の多かった岩手・宮城の市町村(829人)と原発事故の避難指示の出された福島の市町村(761人)の2群に分けて状況や要因を含めて分析した資料を紹介する。
群1 岩手+宮城:
大船渡市、釜石市、大槌町、石巻、仙台市、気仙沼市
群2 福島:
南相馬市、浪江町、いわき市、富岡町、大熊町、双葉町、飯館村、楢葉町、 川内村、広野町、葛尾村、田村市
B)
以下2015年3月31日の震災関連死報告(復興庁)から宮城県の主要市のデータから宮城県内の災害関連死について検討してみた。
【表4】宮城県被災3市の震災による死者・行方不明者と災害関連死(2015年3月31日)

 

気仙沼市 石巻市 仙台市
人口(2010年) 73,494 160,704 1,045,903
死者・行方不明者 1,438 3,971 946
震災関連死 107 266 261

震災当時、仙台市の沿岸部は津波被害を受けたとは言え、市の中央~内陸部には多くの病院や施設が存在していた。
他との連携をとりながら速やかな搬送やケアを行えば、関連死を減らせたのではないか推定される。
実際、仙台市は震災前から“福祉避難所”などの指定を先駆的に行っていたとされる。
このようなハード面で存在したはずの非常時バックアップ機能が発揮できなかった可能性もあり、関連死の個別事例を含めて、詳細な分析が必要であろう。

当時、私が関連していた民医連所属の坂総合病院(災害指定病院)や長町病院、宮城野の里では、リハビリや食堂のスペースなどに臨時ベッドを設置し、被災した有病者や要介護者の定員定床の1~2割増で受け入れを行ったが、空間的にも体制上も限界があった。
個人的な感想であるが、当時すでに病床や施設制限の流れの中で、病院も施設も病床や人員体制も糊代のない運用を強いられていた。
このような状況下で危機対応の力を発揮できなかった可能性がある。
現在、地域包括ケアの掛け声のもと、さらに病床削減、病院や施設からの追い出し、高齢者の在宅シフトが厚労省の掛け声のもと進められている。
大規模災害への医療や介護の備えはさらに貧弱なものになろうとしている。

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